地域 神奈川県川崎市麻生区

『オオカミの護符』と万福寺講

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宗教・信仰・慣習

令和(2019〜)

令和7年 9月6日、新百合ヶ丘の川崎市アートセンターにて、『オオカミの護符』の上映会+トークイベントが行われました。

 

制作者である小倉美惠子さん、明治大学大学院生の松田理沙さん、そして御師の私もお招きいただき、60分のトークセッションを行いました。

 

客席がほぼ埋まるような約100人のお客様にお迎えいただき、お蔭さまでとても楽しく、学びを得る良い機会になりました。

お越しいただいた方、皆さま本当にありがとうございました。


 

この会場で少しばかりお話しをしました、「御嶽講」について少々。


 

映画から会場まで「御嶽講」

 

映画の起点となる川崎市土橋はもちろん、近隣地区にも御嶽講。そのままほぼ地続きで、隣、その隣、また隣、と講が連なり、会場の付近も実は御嶽講。北は細山坂東御嶽講、周辺は万福寺御嶽講と呼ばれる講です。

 

ずっと繋がっているなぁ、と思いつつ、川崎の地図を拡大縮小しながらぼんやり眺めていると、会場であるアートセンターさんの向かい、十二神社さんの境内に、『御嶽社(大口真神)』という、見慣れた文字が並んでいるではありませんか。

 

おやこれは、と写真を見れば、これまた見慣れた御札の姿がー。


 

『御引替』

 

「御引替」と呼んでいる、四角くて、和紙に包まれ、麻を結いた御札。これは大口真神さまをお祀りする、ちょっと特殊な御札です。

 

その名の通り、年に一度「引き替える」ことが前提となっており、お焚き上げに出してはいけない、燃やすものではないとされています。理由は2つ。

 

 

ひとつは、御師の手により"引き替えられる"御札であること。

 

実は、「大口真神護符」と記された包みの中は木箱になっており、中の御神体となる内芯を替え、包みを替え、麻を結い替え、祈祷をすることで神威が改まる。御札をあらためるに際して御師が行うひとつひとつの奉製作業も、この御札を構成する重要な要素となっています。

 

木箱だけは、御神体にお入りいただく小さなお社のようなものとして大切に使い続けます。

これは昔、御師が背負い歩くにあたり限りある御札類から木製品を省き、嵩張らない紙さえ持っていれば成立するかたちにすることで、一軒でも多くの講中へ伺うためにとった工夫とも考えられています。

 

ある意味ではエコというか、現代に則した御札とも見えるかもしれません。江戸期からのSDGs!

 

 

もうひとつは、御札が大口真神=オオカミそのものであること。

 

いまは木箱と紙の類で構成される御札ですが、一説によると、この前段階は、木箱に入れられたオオカミの骨や身体の一部。さらに前段階は、生きたオオカミの個体そのものだった、というのです。

子オオカミを「拝借」して家に置き、家財や田畑を守ってもらう。一年経ったらお返しし、また必要であれば「引き替え」てもらう。

 

害獣や、人を化かす狐狸の天敵でもある肉食獣・オオカミは、古くから田畑を守り、災いを除け、憑き物をはらうと云われ、その骨でさえ削って飲めば憑き物も病も身体から追い払うと、民間療法に伝わり実例が散見されるほど強力な存在です。

 

遡れば『万葉集』の時代からすでに霊力が強いとされているオオカミが神様となられたのが、大口真神さまです。

 

御引替の祈祷においても、"大口真神さまの御力を仰ぎお迎えしたいと考える誰々の…"、というような文言の祝詞を詠んで祈ります。

ほかの御札や御守のように神様の御力を分けていただいている、というよりも、大口真神さまそのものにお越しいただいていると言っても過言ではないのかもしれません。

 

ーなので、この御札は焚き上げることはせず、年に一度の御師の来訪を待つか、あるいは神社へ持参して引き替え、あらたに祈祷を受ける。

そういう特殊な御札なのです。

 

 

余談が過ぎました。

 

 

十二神社さんへ

 

そういった「御引替」という特殊な御札を飾る十二神社さんにも、毎年御師が伺い祈祷をしていたのでしょう。

担当御師の末裔によると、数十年前に途切れてしまった模様。たしかに御札も年相応に日焼けして、くたびれた様子に見えます。

 

さて。

会場である新百合ヶ丘の万福寺に御嶽講があったこと、十二神社さん境内社にその名残として「御引替」札を見られること。

この2点をトークセッションの際にお話しさせていただくと、アートセンターさんが行き方を詳しく説明してくださったこともあり、お帰りの際に十二神社さんへ立ち寄ってくださる方も多かったそうです。

 

もちろん、私も行ってみました。

 

写真で見るよりさらにくたびれた御札を眼前にお引き替えしたい気持ちを抑えつつ、新百合ヶ丘という住む人も行き交う人も多く、見下ろせば幹線道路の交差するこの場所で、なおもこの万福寺の地からその周辺、人々と交通の安全をどうぞお見守りくださいとお参りさせていただきました。

 

 

今でも上映会を思い出すたびに、ああお引き替えしたかったな、と頭をよぎるこの御札ですが、来場者の皆さまに、映画を観た熱を持ったまま、徒歩数分で「御嶽講」の実物を見ていただくことができたのは大変ありがたかったなと思っています。

ここで僕が見つけて、紹介させていただけたのも何かのご縁なのでしょう。

 

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未だ現実と地続きで居られている『オオカミの護符』も、いつかは途切れて昔話になってしまうかもしれません。

令和の今も、まだつながっているうちに。こうして話して、書いて、記録して、残していきたいと考えております。

2026/04/03 (最終更新:2026/04/04)

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