地域 長野県諏訪市

信州の寒天(その3)プライドが高すぎて売ることができなかった。

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その他

平成(1989年〜2019年)

寒天 トコロテラス

新しいことに挑戦するには、自分の価値観や考え方を全く変えてしまうような大きなきっかけが必要です。しかし、そうしたきっかけは自分の内側から沸き起こってくるものではなく、人の計らいを超えた「向こう側」からくるのかもしれませんむしろ、そうした力を自然に(決して作為的でなく)呼び込める人があるとき突然「事を成す」とも言えるのでしょう。代々、諏訪で寒天作りをしていた作り手が、どのようにして飲食業という異業種に踏み出すことができたのでしょうか。


松木:将来の展望を測るために社内で何ができるのかいろんなことを考えました。そして挑んだのが「トコロテラス」です。つまり生産と流通を一つの組織でやろうと考えたのです。問屋さんに商品を卸すことに加えて、お客様に直接販売させていただく。お客様の健康のお役に立ているように角寒天をもっと食べていただきたいと思ったのです。


2014年5月に店舗を作る構想を描き、設計に着手。群馬から九州までトコロテン販売店を巡り、自分たちの望むトコロテンの硬さや粘りを研究。テングサやオゴノリの原材料の配合を研究しました。トコロテラスというお店の名前も社内で考えました。いま販売している加工品のパッケージデザインも自分たちで考えているといいます。個人向けの販売をするためにホームページやECサイトなどのシステム開発、また団体客のみなさんへお店に足を運んでもらうための工夫を凝らし、店舗にトコロテンを作る工場を併設。ガラス窓を通してトコロテンが作られる工程を公開しお客に見て頂きたいと考えました。そして2015年10月27日、ついに「トコロテラス」がオープンしました。


松木:量販スーパーで、より品質の良いものを高く売りたいと思ってもできません。販売価格をこちらで決めることができないからです。私たちは歯応えのあるしっかりとした美味しいトコロテンをお客様に提供したいと考えていました。そのためにはテングサを100%使用する必要がありました。すると原価が高くなり、必然的に販売価格も高くなる。それならば、お客様に試食をしていただきしっかりその理由をお伝えし、理解してもらおうと。自分たちで作ったものは自分たちで売る。そこに作り手の思いや考え方をしっかり乗せていくことが大事だと思ったのです。


由井:その思いや考えを知ってもらうために、どのような取り組みをしたのですか。


松木:最初はいろんなイベントに参加して、パンフレットを配っていたりしました。しかし結局のところ、作り手のプライドが高すぎて売ることができなかった。


由井:それではどのようにして売ることを身につけたのでしょう。寒天づくりとは全く勝手の違う異業種ですよね?


松木:今のスタッフに依るところが大きいと思います。トコロテラスで働いているスタッフは全て新規採用です。お店ができるときに手を上げて参加してくれた人たちです。トコロテラスのスタッフはおよそ10名ですが、お店のメニューから加工商品のパッケージデザインまでスタッフが全て考えています。最初は食事を提供できるまでのスタッフもいませんでした。パティシエも一般公募で来てくれた人です。「寒天なんか全然知らないよ」という若い人たちが集まってくれたのがよかったのだと思います。(笑)


由井:リスクを背負って、仲間にも支えられて、苦しい状況を抜け出そうと思う人はいっぱいいるでしょうけど、そこを一歩踏み出す、行動に移す決意みたいなものは、どこから来るのでしょうか。もしかしたら大きな失敗をするかもしれませんよね、そこを越えるためには何が必要なのでしょう。


松木:今でも自問自答しています。「このままでいくのか、新しいことのやるのか」と。よく言われることですが、物事を成すためには、人、もの、お金が全て揃わないとできない。それはそうなのですが、しっかりとした仕事をしているという自信があれば、困難を越えていくきっかけを掴めるのではないでしょうか。自分たちのポテンシャルは自分たちがよくわかっているはず。私たちにはそういう人材が揃っています。もっと寒天の良さを伝えたいんです。そのために、トコロテラスを造ろうと。金融機関にご相談をし、協力業者さんにも思いをお伝えして協力を仰ぐ、そういう積み重ねですね。


由井:そうした自分の思いをどのように伝えたらよいのでしょうか。思いが募りすぎて空回りし、うまく伝えられないこともありますが。


松木:相手の方にもお仕事があって、いろんな取り組みをされていく中で当然ご苦労もされている。まず自分たちの思いを伝えるためには、相手のことを知ったうえでご相談をしなければならないと思います。どういうご苦労をされているのか、どういう個性の持ち主なのかとか。「こういうことを考えているんだけど、何か新しいことを考えているの」とか。同じような苦労や悩み、展望を持っている人たちと共にステップアップしていく必要があると思っています。僕の仲間はみんなポジティブです。その中からパワーを感じる。ヒント、手法も。ともに考えていく意識が大事ではないでしょうか。



「自分の思いを伝えるためには、まず相手の思いを汲み取る。自分と関わっていくことで、その人も一緒に良くなっていく。」お話を伺いながら、私は妙に納得してしまいました。寒天作りあるいは松木さんへのインタビューという仕事の枠を越えて、「今日は自分にとって大切な話を聞いているのだ」という実感が心の底からふつふつと湧いてきました。


松木:そうは言っても、私もこのトコロテラスの建物を設計をした人に「松木さん、やる、やる、やるって言っているけど、いつやるの」なんてずっと言われてきたんです。思いはあるけど、やはり実行に移すタイミングを推し量れないでいました。私は今年で(2018年)55歳ですけど、あと現役で何年やれると思うのって言われて...。いろんなタイミングで最終決断するんですけど、ポジティブな取り組みをしていると不思議なことが起こるというか、人も揃う、環境も全て整って、可能性が目に見えるくらいになって来るんですよね、それで最後の決断をするときだなと思うときがありましてね。他の仲間も「本気で考えていると、いろいろ揃って来ちゃうよね。」っていうんですけどね。やっぱりポジティブな人といろんな取り組みをすることは大切ですね。


由井:最後に、今後の展望をお聞かせください。


松木:お店のネーム「トコロテラス」のブランドアイテムを拡充し、少しづつですが、他社にも販路を拡げていただいています。健康に良い「寒天・ところてん」をもっと身近なものとして食に取り入れていただけるようにトコロテラスから発信して参ります。(信州の寒天 全3回、終わり)


監修:松木 本 取材協力:株式会社マツキ


写真

2020/03/01 (最終更新:2020/05/13)

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コメント(2件)

(退会しました。投稿は残すことを希望されました。)

2020/05/12

由井 英さんの投稿