長野県諏訪市

信州の寒天(その1)〜海藻が山国へ運ばれる理由〜

2020/02/14 (最終更新:2020/04/04)

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その他

平成(1989年〜2019年)

寒天 風土産業

新作映画「ものがたりを巡る物語」(2020年完成予定)の撮影で信州の諏訪地方を頻繁に訪れた。その過程で必ずしも映画のテーマには即さないがとても大事に思える土地の人の話や暮らしの姿を聞いたり見たりしてきた。お話は録音をし、姿や作業は写真に撮り、撮影技師が同行していれば動画に撮影することもあった。しかし、取材内容をきちんとまとめ、せめて取材に協力してくれた方々に届けたいという思いはあっても、それにふさわしい発表する場が思い当たらなかった。とにかく、「大切だから」という思いで記録だけはしてきたが、今から思えば、そうしたやるせない気持ちの蓄積がHomeTownNoteを生み出す原動力になったのだろう。それにしても発表する場がないからといって、まさか自分がその「場」を作るとは思わなかったが。

信州の寒天と題してここに3回に分けて報告したい記事は、諏訪市の貴重なデータベースとして紐づけられ、私が未来に渡って残しておきたいと思う「諏訪人」の姿です。少し長い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。2018.2.15に取材しました。



「寒天」といえば、信州諏訪の名産品であることは多くの人が知っています。寒天の原材料はテングサやオゴノリなどの海藻です。もちろん海藻は諏訪では採れません。信州は海に面していない山国ですから。ということは、海藻は山国の信州まで運ばれて来ることになります。かつて太平洋側でたくさん採れたテングサは、「富士川舟運」のルートで川を使い、陸に上がってからは馬の背に乗せて信州往還〜甲州街道を経て、諏訪まで運ばれてきたといいます。明治に入り中央線が開通してからは鉄道を使いました。何れにしてもかなり労力をかけてきたことには違いありません。海のものを山まで運んでくるのですから。

ならば、海辺で寒天を作った方が楽ではないかと思ってしまいます。わざわざ苦労してまで山国に運ぶ必要はありません。そこであなたは、なぜそんな苦労をしなければならないのかと考えるでしょう。そこには何らかの理由があるのだと。「寒天は寒い山国でなければ作れないのだろう」と想像するかもしれません。実のところ私もそう考えました。しかしその答えは的を射た正解とは言えません。なぜならば、寒さの他にも理由があるからです。


「角寒天作りには、凍結と融解が欠かせない」

と株式会社マツキの代表取締役 松木 本(まつき もと)さんは言います。


凍結とユウカイ?


私の頭の中で、ユウカイが融解とわかるまで少し時間がかかりました。しかし、角寒天作りと「融けること」がどう関わっているのか、いくら時間をかけてもわかりませんでした。角寒天とは寒天の一種で、角の立った棒状の寒天のこと。その形状から「棒寒天」とも呼ばれます。寒天にはその他に、ひも状の形をした細寒天と粉寒天があります。ちなみに角寒天は、ほぼ100%、諏訪圏内で作られているそうです。スーパーや小売店などで角寒天を見たら、それは長野県産というより諏訪地方産ということになります。


ところで、ところてんと寒天の違いはご存知でしょうか。ところてんは海藻を煮出して固まったものを言い、寒天はところてんを乾燥させたものを言います。実は、凍結と融解を繰り返すことでところてんから寒天になるのです。


松木さんが寒天の干場に案内してくれました。諏訪湖にほど近い中洲地区に干し場はあります。細い道を挟むように両側に広がる田んぼには、いままさに寒天が天日に晒されていました。雲ひとつ無い青空の向こうには、頭から顔まで白くした八ヶ岳が見えます。土地では干場のことを「庭(にわ)」と呼んでいます。松木さんの後を歩いていくと、私たちはいつのまにか寒天が干されている間に立っていました。松木さんに説明されるまで、それが向かい合わせになっていることに気がつきませんでした。目には映っていても観えていなかったのです。もちろん、向かい合わせでなければならない理由がありました。


一方の寒天は凍らせ、もう一方は干していたのです。ここに「凍結」と「融解」の姿があります。ところてんを完全凍結させるには、最低気温がマイナス5C°以下になることが望ましく、およそ3日を要します。次に完全に凍結したところてんが日が昇り、気温が上昇するとともに融解し、氷が水となってドリップし、蒸発しながら徐々に乾燥していきます。この凍結と融解を繰り返すことで乾物の寒天が出来上がります。寒天はまさに人の技に諏訪の風土が伴うことで初めて作り上げることができるのです。


諏訪の冬はただ寒いだけではなく、同時に乾燥もしています。雪はあまり降らず、太陽がいつも顔を出すような晴天が続き、山から吹き下ろす風がビュービュー吹きます。それがまことに角寒天作りにふさわしいのです。他の地方では、これほどの高さに寒天のカサを上げるのは難しいといいます。


凍る時にはすこぶる寒くなって欲しく、干す時には晴天が続き、湿気のないカラッとした風が欲しいのです。雪が少し降る程度の湿り気は、むしろ利点もあるようです。それは雪が降る翌日はかなり冷え込むこと。また、雪により空気中の埃が減少し寒天に付着する不純物が少なくなることでより品質の高い寒天ができるからです。なんとも人間の要望は厳しい。しかしそれに応えてくれるのが諏訪の風土ということなのでしょう。それだからこそ、この山国まで海藻を運んできたというわけです。


結局のところ、向かい合わせに並べているのは、陽が注ぐ方向や風の吹く方向によって、凍らすものと融かすもの(乾かすもの)を分けていたのです。したがって正確に言えば、全て天日に晒しているのではなく、『天』に晒すものと(凍結)、『天日』に晒すもの(融解)とを分けていたのです。


『風土産業』という言葉があります。それを「人が自然を上手に使う産業」と捉えがちですが、実際はむしろその逆で、「人が自然の力を借りて成り立つ産業」と言えます。その代表が「角寒天づくり」というわけです。そうした諏訪の仕事ぶりには、学ぶべきところが多いと思います。自然を人間の都合に合わせて使いこなすのではなく、むしろ自然に寄り添いながら、人が知恵を絞り、技を磨いていく。そこに日本のオリジナルな「ものづくり」がもう一度息を吹き返すヒントがあるようにも思います。


次回は、寒天作りの工程を紹介します。

監修:松木 本(株式会社マツキ 代表取締役社長)

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獲得地域遺産

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2020/02/14

由井 英 |ささらプロダクションさんの投稿