今日の「一枚の畑」では、家の中でわいわいと味噌づくりをしました。
昨春に、自分たちで育てた大豆を使って味噌をつくると目標をたてましたが、願い叶ってついに!というかんじです。その様子は写真でお届けします。
味噌づくりにはいろいろな思いを込めていました。育ててきた大豆は、暑い夏を乗り越えて残ってくれた大豆。来年もまた種から育てられるようにと、種とりもできるように計画。(また何倍にも増えてくれることをすこし期待して。)家の外では由井さんの畑の知識をお借りしながら、家の外で土の力、太陽の力と合わせて作物を育ててきました。
じゃあ自分たちが食べるもののうち、保存がきくものは自分たちの手でつくってみよう。昔はきっと「長期保存」をするための知を蓄えてきたはずだから。小倉さんがおばあさま、おかあさまと繋いできた家の手仕事の知、料理の知をお借りしながら畑のものを家の中の仕事につなげていきました。ここでの出来事が、集う人たちの意識と経験のなかに残ってつながっていけばもっとよいなぁと思いながら。その一つが味噌づくりでした。
やっていて分かったことは、家の外でも家の中でもやっていることは変わらないということです。何が変わらないのかと問えば、「畑」も「料理」もどちらも「感覚のバランス装置」になっているということです。
初めは農と食には役割分担があるように見えていました。食の入り口は農にある。農の出口は食にある。というふうに。確かにこれも間違ってはいないと思いますが、自然農の畑では収穫して食べるだけが目標ではありません。本来の意味では農と食は個々の身体性を保つための必要事項という同じ意味を成していると思いました。頭で考えることばかりでなくて、身体で覚える感覚を取り戻すことができるそのような場が人間には必要なんだろうとも思います。そしてその二つが合わさって暮らしのバランスを成立させているということです。
「保存食」という考え方は、時間を味方につける方法だと思います。時間とともに発酵を促し、その時々の菌との共生で味を変えていく。その意味では自然農も時間がかかる。時間をかけることが意味をつくりだすようなそのような力がありそうな、どうだろうか…。
そろそろ畑も冬眠を終えて、虫や鳥でにぎわう季節。こちらも準備に入ります。
松田理沙

“建てもの” の 向こう側には 諏訪 がある
3
ものがたりをめぐる物語