私記

梅仕事

植物・農作物

山菜採りで命を落とす方がいる。

他人事ではない、と思った。

毎年、庭の梅の木に、たわわに実がなる。

丸々としてじつに大きな見事な実だ。

見事だなーと眺めているうちに、どこからか知らないおじさんが来て、ごっそりと取っていく。
田舎で生まれたからこういうのは慣れてんだよ、と大家さんと話しながら木に登り、枝にまたがってあっという間に収穫して持ち帰っていく。

ある年はおばさんが来た。ちょっと梅干しを漬けたいんだけど、といいながら背伸びして手が届くくらいの高さの梅を採り集めていった。

見事な梅だと思っていても、いつも先客がいて、梅はその人達のものだった。

去年あたりは誰も来なかったのかもしれない。大きな丸々とした立派な梅が、甘い香りをあたりに漂わせて、だいぶ地面に落ちていた。

私も、この数年はそれほど梅が欲しいとは思わなかったのだ。梅ジュース好きの娘が国外にいて、需要がなかったのだ。

 

その娘が、今年は帰国している。
そして、梅ジュースを作って欲しい、という。

 

スーパーでは青梅、リカー、氷砂糖が並び始めた。

 

庭の梅はどんどん丸くなる。 

 

そろそろ誰か採りに来るか、と毎日見ていたけれど、木登りの得意なおじさんも、梅干し作りのあのおばさんも来る気配がない。

ある日、思い切って大家さんにねだってみた。

少しとらせていただいてもいいですか?
あー、いいわよ〜。もう友達が一人取っていったのよ。

あっけなく、お許しをいただき、そして、ちょっと心配にもなる。私がとってもいいのだろうか。あのおじさんは来ないのだろうか。

それでも大家さんにお許しを得たのだから、堂々と採っていいのだ。印籠を持った黄門様の気分である。

 

今年はようやく、この梅が採れる。

あとは、もう少し、実が十分に育つまで待つだけだ。
もう少し、と待ってはみたが、ある時からなかなかそれ以上に大きくならない。
その間にも、あのおじさんが採りに来てしまうのでは、と気が気でない。

 

1週間たった。


が、大きさに変わりはなさそうだ。今年の実は小ぶりなのかもしれない。

年末に刈り込み過ぎたせいかもしれない。去年の暮れ、植木屋さんが来たあとのさっぱりとした枝ぶりを思い出した。

地面にはすでに幾つか、実が落ち始めている。

 

今日は晴天、週末だ。

 

梅狩り、決行。 

準備万端整えて、いざ、脚立に登る。大きさこそ小ぶりだけれど、綺麗な実がたくさんなっている。
あっという間に小さなレジ袋がいっぱいになった。
台所にいって幾つか、新しいものを持ってくる。

脚立の位置をかえて、また取り始める。まだまだ、まだまだ梅はある。よし、登るか。

脚立ではなく、梅の木に直に登ることにした。その方が、早い。

 

今年伸びたばかりの柔らかい細い緑の枝に鈴なりに実がなっている。ポロポロと面白いくらいに簡単に良く採れる。

なるほど、桜切るバカ梅切らぬバカ、とはこのことを言うのか。
と一人で合点する。梅の実は新しい枝に実るのだ。

 

採っているうちに、あちらにも、こちらにも、と手が伸びていく。
私は少しだけ、と大家さんに言ったのだった。もうとうに少しだけ、の量を超えている。 


でも、もう、おじさんは今年は来ないだろう。おばさんももう採っていったと大家さんは言った。そして自分は必要がないのだと。何年も前のものがまだあると。あれは梅干しのことなのだろうけど。
とにかく今年この梅を採るのは私なのだ。そうでなければいずれ数日中に梅は地面に落ちてしまうだろう。
心の中で勝手な言い訳をしながら、もう少し、もう少しと、手が伸びる。

美味しい物からの摂取カロリーのほうが、気まぐれなワークアウトでの消費カロリーを超えているようで、体重は一向に減らないけれど、日頃ストレッチをしていてよかったと、大きく広がる我が股関節に感謝する。
幹の分節点に体重をかけ、バランスをとりながら高い枝の実に狙いを定める。日がよく当たる高い枝の実の方が大きく形が良くみえるのは、道理なのか、それとも目の錯覚か。

 

手首にかけたビニール袋はすぐにいっぱいになり、また新しいものを取りに帰る。

 

もはや欲の権化である。
歯止めが効かない物質欲が暴走している。そんな自分に呆れながらも、楽しくてたまらない。

 

もう、さすがに無理だろう、というところまで採り尽くした。


人間諦め時が肝要だ。
木のてっぺんの梅達はお天道様への捧げ物としようと、見上げて観念する。

 

そうして、我が家の台所にやってきた大量の梅の実の処理が始まる。

 

これを梅仕事というのだそうだ。

写真

2023/05/30

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