地域 神奈川県川崎市宮前区

「未知なる原風景へ」ゲスト:堀江亮太さん

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生業・仕事

令和(2019〜)

4月も終わり頃。私たちが堀江さんの到着を待っていると、外からブーンと車の音が聞こえた。

 

堀江さんは到着するなり、何やら見たこともない機械をセッティングし始めた。

どうやら、脳波を研究するための機械のようだ。

(堀江さんは、芝浦工業大学の工学部で学生たちを教えている。)

 

撮影が始まると、堀江さんの前には一杯のスープが置かれた。

この日の午前中に畑で収穫したエンドウマメで作ったスープである。薄い緑色、豆乳との相性も良く、シンプルだけれど特別な一杯だ。

堀江さんは、スープをごくごくと飲んだ。私は「ああ、自分が収穫したエンドウマメだ。」と思った。

 

ゲストの堀江さんと対談相手である由井さんとの間では、様々な方向に話が広がっていった。

以下では、私の印象に残った箇所をいくつか抜粋する。

 

AIの発する言葉

近年は、AIの存在が良くも悪くも社会に大きな影響を与えている。私たちは日常の至るところでAIを利用していて、それは学業や仕事の補助というだけでなく、自分の内面に関する事の相談相手というところまで幅は広がっている。しかし、私たちはどこまでAIを信用して良いのだろうか?正しいように見せかけて間違っていることも多く、私たち人間はそれに気づかないことさえある。2人の対話の中では、AIの発する言葉も、世界のどこかで誰かが発した言葉であり、そこには文脈がある、という内容が登場した。AIは言葉の羅列をパターンとして提示してくるとは言え、それは誰かの発言から学習したことであり、その向こうには人間の存在がある。よく、AIの登場によって人間は考えることに怠惰になっていると言われるけれど、それはつまるところ「想像力の欠如」ということなのかもしれない。誰のどんな経験から、その言葉・考えが作られたのか?人間の持つどのような感情が、その言葉と組み合わせを生み出したのか?思考するとは、想像することだ。そう考えれば、非力な私にも少しだけAIに対抗するやる気がみなぎってくる。

 

私たちの絆は崩れない

堀江さんは大学院生の頃、〈アジア21世紀奨学財団〉というところで留学生たちと交流をしていた。留学生の生活を助けるという意味合いもあったはずだが、スイス生まれの堀江さんは、自分自身もこの場所に心地よさを感じていたという。研究の道に進んだのも、原点を辿れば中国人留学生のコウさんとの出会いから。彼と数学について対等に話したくて熱心に勉強をし始めた堀江さんは、いつの間にか数学にのめり込んでいってしまったそうだ。そのような話の中で、由井さんから堀江さんにこんな質問が投げられた。「留学生と戦争の話はしましたか?」確かに、様々な国の学生が集まることを考えれば、戦争や政治の話はデリケートな話題だ。しかし、堀江さんはこう答えた。「したし、しても大丈夫だし、それをしても私たちの絆は崩れないという確信があった。」この言葉は、お作法無しで語り合える場、素で集まれる場ということ以上の、何かその場所が育む大切なものの予感を感じさせた。いずれ社会に出ても、この関係性を知っているから大丈夫だと思うことができる。理事長だった石川さんもそんな理念を持っていたという。現代を生きる人の中で、今はもうそのコミュニティに属していなかったとしても、人生の拠り所となる関係性を心の中に持つことのできている人は、一体どれくらいいるだろう。私たちの絆は崩れない。そう言い切る堀江さんの表情はとても頼もしく、まっすぐな目をしていた。過去の記憶にすがるということではなく、人生の活力になる関係性を、私もこれから築いていくことができるだろうか?

 

 

そんな堀江さんが思い描く平和のイメージは、言葉がない時代の景色に近い。言葉では到底表せないようなこと、人間の、生命のいきいきとした感情や、想像やファンタジー。それらは、現代では目に見えないものとして蚊帳の外に追いやられてしまうこともあるけれど、私たちが繋がり、これからも生きていくために心に留めておくべきものかもしれない。

 

「未知なる原風景とは、世界中の人々と生命が楽しく踊る。」

 

撮影の最後にそう綴る堀江さんの姿は、まるで何十歳も若返ったかのように生き生きと輝いていた。

自由とは一体どんな景色だろう?とよく考えるが、堀江さんの「踊る」という言葉は、もしかすると「自由」に近い言葉かもしれない。

写真

二人を見守る絵
未知なる原風景とは
思い出を振り返る
2026/05/10

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