地域 長野県茅野市

諏訪のたねプロジェクト 第一話を終えて 〜懐かしい未来とはどんな風景か〜

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建物

令和(2019〜)

※添付した主な画像は動画撮影した素材から切り出したものです。

 

・開催日 2025年7月19日(土)

・参加者

ゲスト:伊東豊雄さん、藤森照信さん

一般:52人

奨学生:7人

たねプロコアメンバー:6人

合計:67人

 

2025年7月19日(土)、「諏訪のたねプロジェクト 第一話」が開催されました。

ゲストに伊東豊雄さん、藤森照信さんをお招きし、小倉が聞き手となって鼎談を行いました。お二人の幼少期から遡り、お二人の暮らしや見ていた風景がどのように建築に表れていったのかを伺うことができました。

 

この日集まったみなさんにとって、一番印象に残った言葉やエピソードは何だったでしょうか?

私がこの質問に答えるとすると、伊東さんの「未来は懐かしい」という言葉です。

 

「未来は懐かしい」

 

なぜこの逆説的な言葉が頭から離れないのか。

藤森さんは、「懐かしい」は人間にしかない感情だと仰いました。また、「懐かしい」は時間の連続性を確認する感情だとも仰いました。このお話を聞いて、私は「懐かしい」という言葉についてもっと深く考えてみたいと思ったのです。そこで、ひとつの論文を読んでみました。

 

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「懐かしさとnostalgia:比較美学から感性史へ」(津上英輔、2010.3、『美學美術史論集』、18巻、p. 164-140

 

この論文では、nostalgiaという言葉の変遷、「懐かしさ」という言葉の変遷を辿り、各時代においてこれらの言葉がどのような意味で使われているのかを分析したうえでnostalgiaと「懐かしさ」の共通点、相違点を述べています。
 

nostalgiaは「帰郷(nostos)」、あるいは望郷の「苦(algos)」を表す造語です。17世紀~19世紀末までの間に用いられたnostalgiaは、異郷に戦うスイス傭兵らに見られる特殊な外因性精神疾患の名として提唱されました。もっぱら負の価値観を持つ概念です。これを第一段階のnostalgiaとします。

 

20世紀では、離郷状態が一般化し、nostalgiaは異常性を失います。思慕が故郷という空間的対象から過去という時間的対象へ向かうようになりました。過去をあたかもここにあるかのように思い浮かべることの快と現実には過去がここにはないことの苦とが入り交じった、正負両価的な感情を表します。これを第二段階とします。


 現代の英語では、大衆的脈略においてnostalgiaはひたすら甘美な感情に変わり、それを喚起する対象のnostalgicな質は正の感性的質と認められるまでになっています。これを第三段階とします。
 

nostalgiaの変遷をまとめると、20世紀初めまでの英語圏の人々には、過去を、学ぶべき対象として、また現在との比較対象として、有用性の尺度から見ることはあっても、思慕の対象として意識することはありませんでした。つまり20世紀始めに当たるnostalgiaの第一段階と第二段階の切れ目が、単にnostalgiaの一語の出来事にとどまらず、過去思慕という感情の始まりを意味するということだと言うのです。

 

筆者は「懐かしい」にnostalgiaとの共通点を見出します。1つ目は、どちらも現実界における不在の苦と想像界における現前の快とを両端とする線上に跨りがら、ある時期から後者の側に重点を置くようになったこと。2つ目は、どちらも思慕の対象が空間的なものから時間的なものに転移するにつれて、感性的性格を帯びたこと。3つ目に、どちらも現前するもの、あるいは現前すると感じられるものの味わい、言い換えれば感性的質であることを挙げています。
 

一方で、nostalgiaと懐かしいには差異も見られます。1つ目は、nostalgiaは快苦の線上を苦から出発して徐々に快の側にたどり着いたのに対して、「懐かしい」においては苦の要素が表立ったことがなかったこと。2つ目は、重点移動の時期がノスタルジアの場合20世紀初めであったのに対して、「懐かしい」は中世以降と、かなり早いこと。3つ目は、「懐かしさ」とは、現前物をよすがとして、そこから想像される対象の想像的具象性が強いため純度の高い快である一方、nostalgiaは現実界の現前物にもう1つの像を重ね、実在界における過去の不在の苦と想像界におけるおけるたまさかの出会いの喜びという感情を含んでいこと。すなわち、「懐かしさ」とは、過去を夢想的に味わうことから生じる専ら快なる感性的質であり、nostalgiaとは、現在を過去と二重写しにして感情過多的に味わう感性的質であることです。

 

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話が煩雑になってきましたが、私がこの論文を読んで1番驚いたのは、「懐かしさ」とは、空間を思慕の対象とするものから、時間を思慕の対象とするものに変わっていったということです。これらのことを踏まえると、私の心に残った「未来は懐かしい」という言葉は、思慕の対象が過去でも現在でもなく"未来"であり、そしてただ夢想的に「懐かしさ」を味わうのではなく、"現実の空間に"立ち表わそうと前向きに試みる点で今までにない感情なのではないかと思いました。

 

藤森さんが建てた建築「神長官守矢史料館」は建築家の隈研吾さんから「見たこともないのに懐かしい」と評されています。この建物を建てている最中の藤森さんは、懐かしい未来をつくろうと前向きに行動していた一人なのではないかと思います。

 

先日、私も「やったことがないのに懐かしい」と感じることがありました。それが梅仕事です。私はこれまで梅シロップや梅干しをつくったことが人生で1度もなかったのですが、今年は2回、梅仕事を経験する機会に恵まれました。梅の香りとコロコロした梅の感触が心地よかったです。今までにやったことがないのに、これまで毎年やっていたような心地良さを感じました。そしてできあがった梅シロップも梅干しも美味しい! 懐かしい未来は心地よい、そんな気がします。

 

この日、懐かしい未来をつくろうと行動している人々と出会い、つながれたことは私のエネルギーになりました。懐かしい未来はどんな風景になるのか。梅仕事以外に何ができるだろう。できるところから挑戦したいです。

 

諏訪のたねプロジェクト 内山結葉

写真

カフェブレイクの梅寒天ゼリー
諏訪地域の寒天と茅野の梅を使いました。
梅仕事
未来は懐かしい!?
初挑戦の梅シロップや梅酒づくり
スパイス入り梅シロップ
塩漬けした梅
干して梅干しに
2025/08/17 (最終更新:2025/08/18)

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諏訪のたね プロジェクトさんの投稿